セアの皇子《アス》とともに皇国入りすれば、オルトーの権威を周囲に見せつけることができる。
イースの頭の中は今、そのことでいっぱいなのだろう。灰緑の瞳は、朝日に輝いている。
「ええ、そうですわね」
頷いて、トールは静かに答えた。
「浮かない表情ですね。皇子に会いたいとせがんだのは、あなたではありませんか?」
「緊張しているのですわ」
ちょっと笑って、トールは目を伏せた。
出立《しゅったつ》の準備が整うまでの間、ひと目なりとも皇子にお目にかかりたいと、渋るイースに頼み込み、何とかこの部屋に入り込むことができたトールだった。
だが、イースがトールを皇子に会わせる気になったのは、決して情にほだされたわけではなく、傍に置いた方が監視しやすいことに気がついたからだ。
もし、イースが打算なしに首を縦に振ってくれたとしたら。
(私は計画を中止したかしら?)
こんな時になっても、まだそんなことを考えている自分が、我ながらおかしかった。
計画を中止する気などない。今、自分がこの場所にいることが、すでに計画のうちなのだ。
計画通りに行けば、この部屋から、皇子は忽然《こつぜん》と姿を消すことになる。
問題は、イースを外へ呼び出した時、皇子をひとりで部屋に残すかどうかーだが、部屋の外には警護兵を配しているし、用心深いイースのことだ、トールを置いて行くことはしないだろう。
淡い笑みを浮かべて、トールはイースを見つめた。
コンコンと扉を叩く音がして、イースが振り返った。
「セア・アスがいらっしゃったようだ」
ひとり言のように呟いて外套《マント》を払うと、イースは悠然と椅子に腰掛けた。
ふっと、イースの薄い唇に、やわらかな微笑が浮かんだ。イースの意識は、すでに扉の向こうの皇子に向けられているのだろう。
公国出身の皇子は、イースにと
牙套價錢っては腹違いの弟にあたる。
トールと対峙《たいじ》している時とはまるで違う、穏やかな横顔だった。
初めて見るその表情に、トールは目を瞠って、口の端を歪めた。
計画を止める気は、ない。これ以降、イースが自分に微笑みかけることは、二度とないだろう。
この顔を見ることができた自分は、幸せなのだろうか。
それとも。
微笑むイースの傍らに寄り添って、扉が開くまでのつかの間、トールは目を閉じた。